すごいゾ!古墳 第92回 切組積み石室の鶯塚古墳

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観音山丘陵の古墳を巡る 切組積み石室の鶯塚古墳

鶯塚古墳

 前回、前々回の2回にわたって少林山達磨寺の敷地内にある古墳を紹介した。そこから県道49号線・通称少林山通りを経由して、2・5キロほど東へ移動する。向かう先は乗附町の鶯塚古墳。現在、この古墳があるエリアは住宅地になっているが、かつては丘陵斜面に数多くの古墳が存在していた。それらは小型円墳のみで構成された群集墳で、当時の地名から御部入古墳群と呼ばれていた。

 団地を造成するにあたり昭和42年に発掘調査が行われている。その後の住宅建設によって古墳群は失われてしまったが、唯一保存されているのが市の史跡に指定された鶯塚古墳である。

 現地の様子はまさに住宅地そのもの。東から西へ向かって、やや勾配の急な坂道をのぼる。真っすぐに伸びる道の両側に家が立ち並ぶなか、鶯塚古墳は民家の隣で窮屈そうに存在していた。ブロック塀に囲まれて墳丘の裾は見えず、中ほどから墳頂にかけて姿が見える。塀よりも高さのある位置に説明板が立っている。見上げて確認したところ、墳丘の大きさや形状は14メートル前後の円墳あるいは方墳であったと推測され、築造は7世紀後半と考えられている。

 石室は南西方向に開口する両袖型の横穴式石室。注目すべきは御部入古墳群の中で唯一、凝灰岩の切石を用い、高度な切組積みの技法で構築されている点だ。側壁上部は内側に約25度傾斜させ、天井石をのせた折上げ天井が特徴で、これらの構造は7世紀中葉以降の近畿地方の影響が垣間見られるという。

 切石切組積の石室は、県内でも事例が数少ない。きっと古墳時代終末期の有力な人物の墳墓に採用されたのであろう。現在は埋め戻されており、内部を見ることができないのは非常に残念だ。

◎所在地
 乗附町1379の14
◎取材協力
 高崎市教育委員会
 事務局 文化財保護課

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